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中国「反日」世論のカラクリ

放射能中国人が日本に大量増殖中で大問題。
SAPIO』2005年8月24日号
[緊急対論]「親日派」宣言で話題の元中国共産党エリートが激白

 これが中国「反日」世論のカラクリだ

鳴霞(Mei Ka 元中国共産主義青年団) 私は57年、旧満州遼寧瀋陽で生まれたんですが、少女時代、祖父からよく「満州時代はよかった」という話を聞きました。日本人は親切で礼儀正しく、約束を守り、治安が非常に良かったと。
 家に鍵を掛けたことなどなく、寒冷地なので、冬の夜、食料をベランダに置いて冷蔵庫代わりにしていたと言うんです。今は治安が悪く、ドアは二重にしないと危ないし、食料を窓の外に置いておけば、すぐに盗まれてしまう。
井沢元彦(作家) それはひどいですね。
鳴霞 今の中国にモラルなどありません。今年の6月、黒竜江省でダムからの洪水で200人以上の小学生が死にました。ダムの管理会社の担当者がダムで魚の養殖をやっていて、豪雨でダムの水位が急上昇し、魚が流出することを恐れ、勝手に水門を開けてしまったことが原因です。
 中国語に「向前看」という言葉があります。前を向けば希望がある、という意味です。でも、今は同じ発音で「向銭看」という言葉が使われています。「お金しか見ない」という意味です。
 何の処理もしないで汚水が垂れ流され、「長江は世界一長い下水道」と言われているんですけど、そのおかげで、2億人以上が汚染された水を飲み、30秒に1人の割合で障害児が生まれているんです。こんな具合だから国民の不満は大きく、全国で1日あたり150回のデモが起きているんです。
  話を元に戻しますと、文革前の小学生のとき、私は「紅小兵」になりました。「毛主席の忠実な少年兵」ということですが、成績が優秀で態度の良い子供が選ばれるんです。そして、中学入学と同時に共産主義青年団に入りました。これは中学生から18歳まで、共産党に入党する前の青少年エリートが入る組織です。
井沢 当時はどういう教育を受けていたのですか。
鳴霞 中ソ対立の時代なので、徹底的な反ソ教育ですよ。ソ連は中国人を何人殺したといったことを教え込まれ、新聞や雑誌も反ソ記事一色でした。
 私も「ソ連はなんて悪い国なんだ」と思っていましたよ。それとは反対に、日中関係は72年に国交を結び友好ムードでしたから、反日教育はほとんどありませんでした。私が中国にいた82年まではそうです。南京大虐殺のことなど教科書にも載っていないし、教わりませんでした。
井沢 私も83年に胡耀邦(当時の中国共産党主席)の招きで中国に行ったんですけど、あの頃はそうでしたね。中国が今のような反日に転じたきっかけは何だったんでしょう。
鳴霞 84年に本多勝一氏が『朝日ジャーナル』に「南京への道」という連載を始め、それと連動するように朝日新聞日中戦争中の日本軍の「残虐行為」を書き立てたでしょう。あれがきっかけです。
井沢 南京大虐殺記念館が作られたのも、その翌年ですね。日本の中の反日日本人が中国に間違ったネタを提供し、反日を煽ったというわけですね。
鳴霞 その通りです。長年反日が徹底された結果、今年の6月にはこんな事件まで起こりました。
 広東省の幼稚園で、毎朝、あるマーチが流されていた。ところが、抗日戦争に参加した経験のある年配者が、それが日本の「軍艦マーチ」であることに気づき、ネットで非難したところ、幼稚園に抗議が殺到した、という事件です。私のように10代の時に反日教育を受けなかった40代も、毎日のように反日報道を目の当たりにして変わりましたね。
井沢 中国の場合、インターネットも政府が規制していますからね。
鳴霞 しばらく前、「新浪」という中国最大のポータルサイトが大学生や専門学校生にアンケート調査を行ないました。「もし戦争が起こったら、あなたは相手の国の女性、子供、捕虜を殺しますか」という質問に対し、なんと90%の人が「イエス」と答えたんです。
(中略)
鳴霞 日本の高校生がよく修学旅行で南京大虐殺記念館に行きますでしょう。あれで洗脳されちゃうんですね。50、60代の人が「私の父は元海軍兵士で、中国に対して悪いことをした。だから、私が代わりに謝罪しにきた」と記念館で話した、という話を聞きました。腹が立ちましたね。
井沢 日本人として情けなく思うと同時に、鳴霞さんのような方がいることに感謝したい気持ちです。